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溶け落ちる根、歪んだ器

怪文書 No.03

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溶け落ちる根-Melting roots

 最近、眠くてしょうがない。理由は分かっている。薬が変わったからだ。エビリファイとトリンテックスを処方されていたのが、ラツーダというちょうど一年前に出たばかりの薬になった。いかんせん文献も少ないので作用機序を理解するのに難儀したが、どうやらドーパミンの分泌が過剰になっているところではそれを抑制し、一方でドーパミンの放出を抑制するセロトニンの受容は遮断することで、脳内全体でのドーパミンの存在量を安定させるはたらきがあるらしい。――で、その副作用で一日中眠いというわけだ。
 詳しい人ならこの服薬歴から勘づくことだろうが、わたしは双極性障害の疑いがある。診断を下せるまで時間のかかる病気なだけにいまのところは断言できないが、二週間ごとに活発な気分と悲痛な気分が入れ替わったり、それに合わせて傾眠傾向が発現したり反対に無理な徹夜をしたりするなどといった細かい自覚症状はその疑惑を確たるものにしている。正直いつからこんな調子なのかは覚えていないが。去年からそんな症状を感じることはあったが、がむしゃらに働き続けることでそれをかき消していたのだろう。ところが今年に入ってから高みを目指して活動の幅を絞ったことで、勝手に身体が動いて尋常ではない量の仕事をこなしていく時期と、一方で世界の全てが恐ろしくて布団にこもって怯え続けることしかできない時期の差が激しくなってきたのだ。まあ、いまは薬のおかげで何とかやれている。トリンテックスもラツーダも新しい薬だ。化学の進化で、ノロノロ走る汽車の線路を引きながら進んでいけている。少なくとも、いまのうちは。

歪んだ器-Distorted vessel

 でも、病気を恨んでいるわけではない。わたしは対人恐怖症も抱えているが、しかして、わたしが「イルカの人」でいられるのはこの病気のおかげでもある。対人恐怖症は人を恐れる病気ではなく、「お人よし病」だとわたしは思っている。テレビで悲しい事件を目にしても、「きっと理由があるに違いない、きちんと罪を償って社会に復帰して欲しい」と思わずにはいられない。性善説的な目で世界を見ているのだ。一方で世界はわたしを性悪説的な目で見ていて、もしもたった一度でも失敗しようものなら「やっぱりダメだったな」と失望させてしまうのではないかといつも恐れている。だから他人の思いを無下には出来ないし、完璧主義者だし、他人を「苦手だな」とは感じても憎んだりはしないし。わたしが誰にでも優しくて、広く信頼され愛される「イルカの人」という人格に収まっているのは、この対人恐怖症のせいであり、おかげでもある。双極性障害も、躁状態の時には肉体の限界すれすれのパフォーマンスを発揮できるおかげで、「仕事が速い」というイメージに繋がっている。だから、いざ寛解してしまったらわたしはもう「イルカの人」ではいられなくなってしまうのかもしれない。病気も含めて全体で「わたし」という人格であり、それで「イルカの人」の輪郭を描くのだ。だから、きっと、「イルカの人」は、みんなが知るよりも脆く、弱い。

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