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お砂糖とポストプラトニズム

VRSNSを介した恋愛に関する一考察

(サムネイルは適当な最近のスクショ)
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はじめに

 こんにちは。フルスタック美少女のイルカの人です。この記事は以前公開した「イルカの人、恋を知る。」という記事の続きです。以前の記事を読んでいなくてもこの記事の内容は理解できますが、筆者の背景情報を把握しておくことできっと記事からより多くのものを得られるので、読んでいない場合は順番に記事を読んでいくことをお勧めします。

プロローグ:「空」より生まれたものたち

 本題に入る前に、 「仮想現実世界のすべてが受肉している」 という話をしておきましょう。VR空間で美少女になることを表す略語 バ美肉 (バーチャル美少女受肉)にも含まれる単語である「受肉」はもともとキリスト教の用語で、形のない概念がなんらかの実体を持って現れる(例:神の言という概念であるキリストが、ヒトの身体を得て下界に現れる)ことを指す言葉です。つまりバ美肉は「おじさんの内面である『イデア』が、バーチャル美少女の形をとって仮想現実世界に降り立つ」という意味になります。
 ――さて。ということは、仮想現実世界にははじめ虚無の海が広がっていたことになります。いや、もっと言えば海すらありませんでした。現実世界にはビッグバンで生じ、そこから長い時間をかけて様々に変化した有象無象が溢れていますが、仮想現実世界には何もなかったのです。そこに現実世界から人間が入ってきて、現実世界をイデア界として「木とはかくあるべきである」「岩とはかくあるべきである」といった考えのもとに、記憶の中にある木や岩の概念を実際に見たり聴いたりできるデータの形に受肉させていったので、いまの仮想現実世界には様々なコンテンツがあふれているのです。

お砂糖というテロス

 「テロスとは、哲学用語の一つ。これはギリシア哲学で用いられた言葉であり、完成や目的、終わりといった語源に相当する。肉体の死に向き合った哲学者たちは、善き人生を全うする道を模索し、そのような事柄をテロスと表現した。」――出典: フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」
 VRSNSにおける明示的な恋愛関係、「お砂糖」。わたしはここしばらくお砂糖について考えていたのですが、その末に 「お砂糖とは、Likeを超えた好意の答えである」 という結論にたどり着きました。もっと詳しく書くと、 友人としての好意Likeでも、肉体的関係を求めるLoveでもない、プラトニックな好意に対するテロス(終着点)である 、という解釈に落ち着いたのです。そもそもプラトニック・ラブとはその人の内面(内なるイデア)に惹かれることを指しており、それは性別や年齢、地位に容姿などの社会的要素を超越した関係であるお砂糖に通じる部分が多くあります。つまり、お砂糖は恋愛の新たな形なのです。

Note:多糖類の哲学的合理性と倫理的非合理性

 お砂糖をしている人々の中には、多数のパートナーを持つ「多糖類」と呼ばれる人がいます。これが賛否両論で、「複数人いたらもはやパートナーではない」「一人のパートナーにこだわる必要はない」と様々な意見を耳にします。プラトニズムに倣えば「個人を愛するのではなく、その人の内面にある本質的な『美』そのものへの愛(プラトニック・ラブ)を尊重すべきである」とあるので、複数人とパートナー関係を持つことは決して悪いことではないのですが、しかして人間の本能に根付いた一貫性バイアス(一貫性を重んじ、一貫性のない他人を低く評価するバイアス)とは矛盾してしまうので、自然と受け入れられない人も生じてくるのでしょう。
 また、周りでお砂糖をしている人たちを見ていると、一般にお砂糖に対して想起される「その人と常に一緒にいて、他の人とのコミュニケーションを極端に疎かにする」というイメージとは反して、「パートナーとの時間は大切にするが、他のフレンドとの関係もそれまで通り続けていく」というスタンスが多いようです(実際、“わたしたち"も同様のスタンスです)。この点はプラトニック・ラブと通じています。

ポストプラトニズム

 哲学の歴史には「プラトニズム」と「ネオプラトニズム」という重要な潮流があります。特にルネサンス期においてネオプラトニズムは「プラトニック・ラブによって、人間は神の領域に近づくことができる」として考究されていました。
 そこでわたしは、すべてが受肉している仮想現実世界と、プラトニック・ラブの発展形であるお砂糖などの潮流を表す ポストプラトニズム という概念を提唱します。ポストプラトニズムではプラトニズムやネオプラトニズムの時代に存在したエクスタシスやテロスといった「救い」ではなく、仮想現実世界はどこから来てどこへ行くのかの思索や、そしてすべてが受肉した世界で発生する独特なコミュニケーションや対人関係の論理的な言語化など、仮想現実世界のすべてを包括するものであってほしいと願っています。
 どうかこの記事を読んだ皆さんが暇なときにでもポストプラトニズムのことを考えていただければ恐縮です。

Licensed under CC BY-NC-SA 4.0
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